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垂直落下式DDT

 若い頃、何かにのめり込んだ。というのは、誰しもが持っているものだと思う。

 パラパラ、登山、サッカー、バイク。。。

 そんな中の1つで、おいらは中学高校の青春真っ只中、プロレスというものに魅せられていた。

 
 その昔この日本にTVというものが登場し、街角の電気屋で公開されている「力道山」の試合を、お父さんに肩車をしてもらい、小さい日本人が大きい外国人を、バッタバッタ空手チョップでなぎ倒す様に見せられた人も少なくないだろう。


 オイラがはじめてプロレスというものを知ったのは、何歳か覚えていないが、とりあえず小さかった。

 昔は夕方にTV放送していたんだな。

 その時、出ていたのがタイガー・ジェット・シン。

 体と体のぶつかり合いの格闘技に、なぜかサーベルで相手を血だらけにする。

 その理不尽さに、カルチャーショックを受けていたことを、記憶の片隅に憶えている。


 やんちゃだった小学校時代、なにかとケンカが耐えない時期があった。小学校時代なのでそこまでひどいものではなかったけど、誰を倒したとか、というものがバロメータになっていた時期。

 小学校4~5年生の文集の「将来なりたいもの」には、ちゃっかり「プロレスラー」と書いたこともあった。


 中学高校時代は、毎週土曜深夜が楽しみだった。

 ワールドプロレスリング

 新日本プロレス(以下 新日)の試合中継番組だ。

 2大メジャープロレスに挙げられる、新日と全日本プロレス(以下 全日)

 オイラは、断然新日ファンだった。

 その過熱ぶりは、今考えれば異常だった気がする。

 地元で新日の試合があると知ったら、学校をサボってチケットぴあにならび、限りなく最前席を調達していた。
 
 毎週毎週全試合をビデオに撮り、一技一技、そしてその技までいくまでの動きを研究。

 
 そんなオイラのプロレス人生の中での中心だったのが、元闘魂三銃士の3人(橋本真也、武藤敬司、蝶野正洋)だ。

 プロレスをするために生まれてきたと言っても過言ではないともいわれる天才 武藤敬司。彼は全てが絵になる。その動き、その言動、そのビジュアル。オイラは将来、第2の武藤敬司になるんだ、と影ながら思ったりした日もあった。

 ヒール(悪役)を正当化した蝶野正洋。天山広吉、ヒロ斎藤と共に、新日本プロレスをかきみだし、武藤、橋本をしのぐ人気となっていた。ヒールがここまで人気がでたのは、蝶野だからだといっても過言ではない。

 そして、破壊王、橋本真也。

 当時オイラは橋本真也が好きではなかった。なぜかというと、強すぎだから。

 オイラは、武藤が橋本に勝つシーンが好きだったんだな(平成7年のG1クライマックスは、生涯残るベストバウト)

 強すぎるから嫌い。アンチ橋本だったかもしれない。

 そんな橋本真也が、急死してしまったんだな。

 オイラと同じ世代のプロレスファンにとっては、かなりのショッキングな出来事なんです。

 あんなに強かった橋本真也が死んでしまったのは、正直信じられない。

 もう一度、武藤蝶野と共に共闘しているところを見てみたかった感がとてもあります。
 
 アントニオ猪木を引き継ぎ、この格闘技時代を築き上げてきた1人。

 彼の功績はとても大きなものだった。

 そんな彼のことは、これからも、いち格闘技ファンの間で語り継がれていくとこだろう。
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[ 2005/07/12 06:08 ] 国内 | TB(0) | CM(0)

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